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保土ヶ谷宿の規模

江戸時代の人口の変遷
和暦(西暦)戸数人口(男女)
慶長14(1609)250〜2601200〜1300
元禄 8(1695)2841420
享保 2(1717)3251625
寶暦 3(1753)4232060
5(1755)4232119
12(1762)4232144
天明 8(1778)3871696
寛政 4(1792)3881774
11(1799)4092019
享和 3(1803)4532022
文化 2(1805)4561978
5(1808)4421997
文政 6(1823)4762272
天保14(1843)5582928
嘉永 3(1850)5913164
安政 5(1858)6703352
6(1859)6613337
明治元(1868)7203732
 保土ヶ谷郷土史から転載
 本書はさらに以下の参考文献の記載がある。
 保土ヶ谷絵図奥書(享保3)、寶暦3以降は「道中奉行宛人別帳」、天保14年は東海道宿村大概帳を参照している。
宿泊施設の変遷
和暦(西暦)戸数本陣脇本陣旅籠計特記事項
寛政12(1800)429133751418飯盛女10人
享和 3(1803)4561337
文化 1(1804)4431237
文化 5(1808)4421236
文政 7(1824)4761352茶屋33軒
天保 6(1835)1355
天保14(1843)558135972636飯盛旅籠49、脇本陣2(飯盛)軒
 上記以外に木賃宿もあったが、道中奉行の管轄外であったため本陣文書になく記録がない。
 江戸末期になると経営が苦しくなったのだろう脇本陣も飯盛女を置いていることがわかる。
大旅籠の規模 天保14(1843)年
大旅籠持石高建坪畳数室数家内奉公人下男下女飯盛
金子屋伝左衛門49.879.1881310110
沢潟屋次郎兵衛967.84579032
伊豆屋三四郎4.3654479010
鍬屋善右衛門8.163741113152
桔梗屋利兵衛15.753.257920182
蔦屋吉左衛門7.847.752812022
津の国屋忠五郎3.342.44365012

 
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